WATAHIROの映画論的Blog

このブログでは私が鑑賞した映画(時にはそれ以外も)の感想や考察などをなるべくゆる〜く記述していこうと思います。

『すばらしき世界』(2021)西川美和監督

 

1.元受刑者で元ヤクザ

 殺人事件を起こし刑務所での刑期を終えた元ヤクザの三上を待っていたのは、目まぐるしく変化する、想像を絶する世界であった。そんな三上に母親探しを口実に近づき、テレビのネタにしようとする二人の若手テレビディレクター。真っ直ぐ過ぎるが故に、周囲とトラブルばかりの元殺人犯の男が、いつしか彼と関わる人物たちの人生を変えてしまう。

 

 殺人を犯して服役し、13年の刑期を終えて出所した元ヤクザ。こんなにも世間から爪弾きにされるだろうと想像に難くない人物は他にいないだろう。例えば、自分の家の近くにこんな人物が住んでいれば怖いと思うのが普通である。しかしそれは、「殺人を犯して服役し、13年の刑期を終えて出所した元ヤクザ」という肩書だけを考慮した場合だろう。

 日本人は兎角人を見た目や肩書だけで判断しがちである。だがそれは元を正せば日本人が悪いわけではない。これが正しい、こうすれば上手くいく、この道を行けば幸せになれるという正解主義を植え付ける日本の戦後教育が深く影響している。「殺人を犯して服役し、13年の刑期を終えて出所した元ヤクザ」が世間から白い目で見られるべき存在だと頭ごなしに決め付けるのは、それが最も簡単だからである。

役所広司演じるこの三上という男は、すぐカッとなってしまうが真っ直ぐでとても心優しい人物である。しかし、世間はそう優しくはないのだ。端から警戒すべき人物としてまともに扱おうとしない。元殺人犯にとって13年ぶりに出てきた世界は想像を絶する程生きづらい。

 

2.彼を手助けする存在

 だが、本当の彼を認めてくれようとする人物たちも存在する。

出所した際に身元引き受け人になってくれた弁護士の先生とその奥さん。最初は反社に対し、生活保護の受給を渋っていたが、真面目に頑張ろうとする彼を見て心を入れ替える役場の職員。尋常ではない男に対して、万引きを疑うが、彼の性格に打たれてしまうスーパーの店長。初めはただの取材対象であり、飯の種でしかなかったが、取材していくうちに本当の彼の姿に自分の価値観を変えられてしまう若手テレビディレクターの男。

 真っ直ぐ真面目に生きてさえいれば、社会のどこかに必ず自分を認めてくれる人や助けてくれる人がいるんだと信じさせてくれる作品である。

 三上の就職がようやく決まった時も彼らは自分のことのように喜んでくれる。一旦は社会に見捨てられても、諦めず、一生懸命にもがき、何とか自分の居場所を見つけられた時に、たった数人でも自分を祝ってくれる人たちがいればこんなにも幸せなんだと実感できる。

見ていて涙が溢れてくるシーンだろう。

 

3.三上が見る世界

 そうは言っても、やはり三上の目に写る世界は醜く、生きづらい。普通の人と何か違う人間は中傷や嘲りの対象にされやすい。彼の就職先である介護施設でも、障害を持った同僚がいじめに遭っていた。以前までの三上なら頭に血が上り、暴力によってそれを解決していた。しかし、胸の苦しさを覚えながらも何とか理性を保とうとする。自分を社会に合わせようと見て見ぬふりをする。しかし、三上の性格からしてそれが許せないのは明らかだ。暴力が受け入れられないのは今の社会であれば当然のことだ。でも三上は、自分を曲げてまで社会と折り合いをつけられるほど器用な人間ではない。三上にとって本当の意味での居場所はこの現代社会にはなかったのかもしれない。ネタバレは避けたいのであえて深くは言及しないが、この絶望とも言える状況がラストシーンへと繋がるのではないだろうか。

 

 

本作は人と人同士の関係が希薄になってしまったこのコロナ禍にこそ見てもらいたい。社会から孤立しては生きていけない。人と人の繋がりがあるからこそ私達は生かされているのだと改めて実感できるのではないか。また、本当の悪人なんてこの世にはいないんじゃないか、私達は無思考で肩書だけで人をそう決め付けているだけなんだと、自らの価値観を覆される物語になっているのではないかと思う。